【読書レビュー】頭のゴミを捨てれば脳は一瞬で目覚める【Kindle Unlimited】 

 本日は「頭のごみを捨てれば脳は一瞬で目覚める」を紹介していきます。著者は認知科学者の苫米地 英人さん。機能脳科学、計算言語学、認知心理学、分析哲学の分野で大変著名な先生です。日本仏教やインド密教への造詣も深く、本書でもそういった思想的な話も多数登場します。
なんだか、難しそう?なんかタイトルがスピリチュアル系?うさんくさそう?と思う方ももいるかもしれませんが、いえいえ、そんなことはございません。

 この本の内容をひとことでいいますと
細かいことは気にせずに自分というものを見つめなおしましょう。そうすればあなたの人生はもっと楽になりますよ。】という本です。


 社会の中で生きているとさまざまな、ストレス、悩みにとらわれて、ほんとうにやるべきこと、自分のやりたいことに集中できない状態になってしまい、自分を見失ってしまうことって皆さんよくあると思います。そういった、必要のない、ストレス、悩みのことを、本書では「頭のゴミ」と表現しています。そういった頭の中のゴミを捨てるにはどうしたらいいのか。あなたがほんとうに集中すべきこと、やりたいことにとりくめるようにするにはどうしたらいいのかを教えてくれるのが、この本です。
 この本の魅力は読み進めていくことで、頭の中にあるごみを各章ごとに捨てていき、あたまの中を掃除します。そのあと、きれいになった頭の中に、心の持ち方、考え方を整理整頓しながらいれていくといった形のマインドセット実用書ともいうべき内容となっています。
内容は8章構成となっております。各章を読み進めていくことで読み終わったころには、あたまの中がスッキリとして、きっとあなたも明日から生きる活力がわいてくるでしょう。では最初にイライラ、怒り、嫉妬、生産性を下げる「感情のゴミ」を捨てにいきましょうか。

Aさん

ちょっとしたミスに慌てて、いつまでも落ち込んでしまう。想定外のことが起きたら、それだけでパニック。

Bさん

あの人はなんで自分勝手にしか物事を考えられないんだろう。あぁイライラするなぁ

 この悩み。その根底にあるのは同じ一つの頭のゴミ。感情のゴミなんです。人間は感情から強い支配を受けています。多くの人は感情の波立ちによる思考と行動の乱れを完全にコントロールすることができませんが、この感情に支配されることほど、筆者は無駄なことはないといいます。
 なぜなら感情とは、環境の変化によって生じる生体反応にすぎないからです。感情は「暑いから汗をかく」「寒いから鳥肌が立つ」のような生体反応であり、あなたが振り回される感情は、すべてが単なる生理反応です。汗をかいた。これを思い悩む人はきっと汗臭いのを気にしている人ぐらいなもので。そのような生理反応に振り回されて、悩んで悩んで、鬱になって、胸がどきどきして。それを筆者はなんて無駄な行為だと言っているわけです。
 そういわれると、なるほど、感情というゴミにふりまわされて、思い悩むのってばかばかしい行為なんだと実感して頭の中のゴミを捨てれそうな気に、少しだけなってきますね。さらに筆者は物事に対する抽象度という観点で話します。

抽象度低い(情報量多い) ←←← →→→抽象度高い (情報量少ない)

特定の個人    人類     哺乳類    動物     生物

 感情に支配されている人は抽象度が低いひとです。具体的にいうと「会社などでイライラさせられている自分」のことしか見えていません。逆に抽象度を上げていけば、自分だけでなく、職場→部門→会社と視界が広がっていきますから、「オレが感情的だと部下の教育に悪い、しっかりしないと」→「この部門には自分よりももっとがんばっている人がいる」→「会社の経営状況が厳しいから、みんなイライラしがちだ。自分がムードメーカーにならないとな」と、感情の視点が広がることで、感情が抑えられていきます。ただ、なかなか抽象度をあげる、視点を広く持つっていうのは、難しく。多くの人は非常に抽象度の低い状態で人生を生きているんです。

 ではどうしたら抽象度をあげれるのか。筆者は言います。ゴールを持つことだ
 ゴールをもつ?目的や目標をもつということでしょうか。どうして、ゴールをもつことで、抽象度をあげれるのでしょう?

目的や目標があれば、それに合わせて視点があがる。つまり抽象度があがる。そうすれば、そのゴールの実現にマイナスな感情に振り回されることはない。

 うーんまだ、ちょっと難しいです。
 こう考えたら良いかもしれません。【自分にはこんな目標があり、壮大なゴールがある】という何か心に一つの支えとなるものがあれば、抽象度の低い周りからの嫌味、嫌がらせなんて屁でもない。また、途中に多少マイナスな感情がでてきても、揺るがされることはない!そういっているわけです。

  ゴールがないから、あなたの感情は振り回される。

  ゴールに関係のない感情はゴミだ

 さて、ここで一つ疑問がおこります。たしかに「怒り」「悲しい」などのいわゆるネガティブな感情はゴミなんだなとわかってきました。では「楽しい」「うれしい」「しわわせ」といったポジティブな感情はどうなんでしょう。普通に考えると「楽しい」「うれしい」「しあわせ」といった感情は大切にしたい感情のはずです。

 しかし、筆者は「楽しい」「うれしい」「幸せ」といったポジティブな感情もある条件に合致してしまうといいます。その条件とは、「楽しい」「うれしい」「しあわせ」といった感情そのものを目的とすることです。そうした途端に一見ポジティブな感情もゴミになってしまう

 おしゃれ好きな人にとって、服を買うことは楽しみ=幸福感。「いつもおしゃれですね」といわれ、モテたりすれば=楽しさ、うれしさ、ちょっとした幸福感。しかし、高いお金をだして買ったお気に入りの服が汚れたり、ほつれてしまうと途端に嫌な気分に。あるいはパーティで、自分よりもっとおしゃれで、もっと美形でもっとモテる人間が現れた。そうなれば、楽しい気分が吹き飛んで、嫉妬にかられる。

 このように「楽しい」「うれしい」「しあわせ」などの気分は状況によっては瞬時に吹き飛んでしまうようなものということなんです。このような吹けば飛んでしまうようなものを目指しても、手に入れたと思ったら消えてなくなる。一生その繰り返しになってしまいます。

目指すべきは「うれしい」「楽しい」「幸せ」ではなく「ゴール」なのです。ゴールに近づく副産物として、「嬉しさ」「楽しさ」「幸せ」などのプラスの感情を感じ、それをさらなる前進のモチベーションとしているのです。ゴールにむかって生きている人は苦しさも楽しさも関係なくただひたむきに生きているんだ!

あなたも今日から自分の目指すべき、ゴールにむかってひたむきに生きてみませんか?

「他人のモノサシ」というゴミを捨てる

Aさん

「お前は同期の中でいちばん仕事ができない」と上司に言われた。心が折れた。どうしたら立ち直れるんだろう?

Bさん

そこそこの有名企業で働いて、食うに困らない金はあるのに、何か物足りない。充足感がないというか。満たされなさの理由はなんだろう

Cさん

年をとって人生を振り返ったとき、後悔のない生き方をしたい

 一見すると人それぞれにみえる、‘‘満たされなさ‘‘や‘‘焦燥感‘‘。そこに共通するゴミ。今回のテーマは「自分」です。「自分」とはなんでしょう。

 この本をよむまで、自分は何が得意なんだろう、自分は何が好きなんだろう、と自分のことを大枠で考えたことはありましたが、「自分」ってなんだろうと哲学的なことを改めて問われると考えてしまいます。この問いをされたとき私は、「自分」って何だろうって小一時間悩んでしまいました。それだけ、わたしは「自分」というものがなくふわふわとした存在でした。筆者は「自分」というものを以下のように考えているようです

「自分」を定義しようとした場合、使える情報はすべて「他者」の情報。ということは、自分とは、「他者の情報」でできている。つまり「自分」とは「他者との関係にまつわる情報」がより集まったもの。

 どういうことか、ピンとこない人は「これが私です」と断言できるように自分を紹介してみてください。きっとどれだけ言葉を並べても、すべては他者との違いや、自分にまつわる他者情報です。何かが得意な人も、他者と比べると、という意味を含んでいるし、何かをたくさん持っているというのも、他者との比較ですね。
 さらに自分が「これが重要」「あれは重要でない」と判断している、判断基準もまた、他者からのインプットだというのです。これにはわたしもびっくりしました。自分が自分自身で考えたと思い込んでいた選択や、物事の価値観は実は他者からの刷り込みだったなんて。自分のモノサシで生きていると思って生きていても、実は本当は他人のモノサシで生きている。これが自分だったのか。

 確かに、たいていの人の判断基準って親からの教育や、テレビからの情報や口コミからきています。いやぁ刷り込みって怖いなあ。でもこれを知ると、自分のことを別の視点から見ることができるようになる気がします。今これ買いたいのって本当に自分の考えなのか?まわりのメディアに踊らされていないか?みたいな。

 でもこの考え方も、この本に刷り込まれた他者情報なんですよね。そう考えると、「自分」がまたさだまらなくなってきますので、その思想のループはとりあえず置いておきましょう。ここで筆者が言いたいのは、その「他人のモノサシ」で生きる結果が

  • なんとなく満たされない
  • なんとなく不安
  • 大事ななにかが欠けている
  • 生きている実感がない

 このようなモヤモヤの原因になってしまっている。よってこのモヤモヤを消したいなら「自分」の中にある「他人のモノサシ」というゴミを捨てねばならないというのです。ここまで他人のモノサシで生きてきた人間がそれを捨てることってできるのかと疑問に思う人も多いと思います。ここから筆者の怒涛のあなたの「ほしいもの」「理想像」問い詰めが始まり、自分自身の心に問いかける時間が始まります。この筆者からの問い詰めはここには書ききれませんので、ぜひ本書でお楽しみください。きっとあなたの自分の本当の気持ちを筆者が引きずり出してくれます。自問自答が終わると、次は「他者と比較するということ」の問題点にも筆者は触れます。他人と比べたり、世間の平均年収などのランキングと自分を比べるのってモヤモヤの原因になりますよね。今はSNSが発達しているので、それが顕著な気がします。ここで筆者言います。

人の優劣をつけているのは社会のゴミのような価値観であり、あなたの周りからの評価、仕事の成績は自分の価値とはなんの関係もない。

あなたは自分のモノサシで自分の価値を計ればよい。自分のモノサシで自分の仕事ぶりを評価し、自分のモノサシでワークライフバランスを計り、自分のモノサシで自分の働き方・生き方を決めていい

 「社会のゴミのような価値観」この言葉にグサッときました。なんだか心が軽くなってきます。頭のなかだけでなく、心にたまっていたゴミや毒が流れていくような気さえします。精神医学や仏教に筆者は造詣が深いこともあって、筆者の先生はは読んでいる人の心や、精神に響く言葉を選んで使うのがうまいですよね。読んでいて気持ちがいいです。さらに競争に関しても筆者は言及します。

他人との勝ち負けなど関係なく、自分のモノサシで自分を計らなくてはならない。競争原理というモノサシでは、勝っても負けても頭のなかは永遠にモヤモヤしたまま。競争する以外で自分の価値を自分で計るオリジナルのモノサシを持つ。

さらにどうしても気になってしまう周囲の目、これもゴミだと筆者はいいます。

自分が他人にどう見られているかというのも、あたまのモヤモヤをつくりだすもとです。周囲の目を気にして、自分が正しいと思うことも、自分がやりたいこともできない。反対に、周囲の目を気にして、周囲の受けがいいように他人が望んでいることをする。いずれにしてもモヤモヤはたまる一方で、自分本来の能力や魅力を発揮することはできない。ここで理解してほしいのは他人の目に映っている自分というのは、自分が作り出している虚像であるということ

 もう、いろんなモノサシ捨てすぎて、自分というものが宙ぶらりんです。でも、こうやってモノサシを捨てまくることでなんとなく自分というものが、ぼんやり見えてきた気がしませんか? ただ、人によってはこれまでの人生ずっと他人のモノサシで生きてきたから、これからの人生をどうやって生きていけばいいかわからない、これまでの自分の人生の刷り込みという過去をなかったことになんてできない。変わることなんてできないという人もいると思います。次の章ではそういった「これまでの自分」というゴミを捨てるという章です。変わりたいけど変われないというあなたへ。

「これまでの自分」というゴミを捨てる

Aさん

自分は人見知りで積極性が足りない(と子供の頃から言われてきた)もっと明るく楽しい人間になれたらな・・。

 これまでの自分を捨てる。そんなことが可能なのだろうかと思いますよね。普通に考えると過去があって今があり、今があって未来がある。わたしも昔から、自分は気が小さいから人の前に出ると緊張する気がする、昔からこれと決めたことができない優柔不断さがあるといった、ある種、過去からの呪縛、洗脳をうけてきました。
v過去の出来事から、自分はこんなだと人間だと決めつけて、生きるのはふつうのことで、そういう生まれ持った気性、これまでの経験からくる考え方は変えることはできない、捨てることなんてできないと考えて生きてきました。

しかし、筆者はいいます。

これまでの自分を捨て、まったく生まれ変わる、人生が大転換することは可能です。これまでの自分を捨てられないのは、それが楽だから。もしも、後悔のない人生を歩みたいなら、「これまでの自分」を丸ごと捨てる覚悟が必要です。

自分のまま、現状維持でいるのって、めちゃくちゃ楽です。自分の怠けてしまうクセを許して、怠けたまま人生をすごす。それは楽なんでしょうけど、人生をふりかえったときにめちゃくちゃ後悔しそうな生き方です。「人生を変えるには覚悟が必要」とこれもいい言葉です。ジョルノ・ジョバーナの名言に通じるものがあります。

「覚悟」とは暗闇の荒野に進むべき道を切り開くことだッ!

ジョジョの奇妙な冒険 第5部

それは今までの自分という、ある意味で守られた安全圏から、飛び出して新しい世界へと飛び出す。その覚悟があるかということでしょう。きっとそれは危険もともなう行動です。今までの自分では対処しきれない問題にぶつかる。でもその問題を今までの自分を捨てて、乗り越えることで、今までに見たことのなかった、新しい世界が見えてくる。そういうことなんだろうと思います。

また、筆者は過去があるから今があり、未来がある、という考え方を反転してみようとも言っています。これは古いユダヤ・キリスト教的な考え方だと言っており、この時間観に疑問を呈しています。

アビダルマ仏教哲学では「時間は未来から現在、過去へと向かって流れている」とされており、現代分析学でもそういう見方があります。わたしはこの時間観に賛同するものです。

この考え方は、ちょっとわかりずらいので、具体的なケースを見ていきましょう。

会社の帰り道、サプリメントを買うためにドラッグストアに寄ったとします。しかし、たまたまレジの前に行列ができています。なかなか前に、進まないので待ちきれなくなり、そのサプリメントを棚に戻し、「ついてないなぁ」と思いながら、わざわざ遠回りして別のドラッグストアに行きました。すると、その店では先ほどの店よりも同じサプリメントが2割も安く売っていました。あなたは「ラッキー」と思いながら足取り軽く帰宅しました。

この例では1軒目で「ついていない」と思い。2軒目の店で、サプリメントが安く売っていたことで、1軒目の「ついてない」が「ラッキー」に変わりました。ということは、「未来によって過去が変わった」ということ。だそうです。

つまり、過去が未来をつくるのではなく、「未来が過去をつくる」というのです。なんだか例を見ても何となくわかったきがするような、しないようなって感じですが、そう言われると気持ちが楽になりますね。過去にとらわれて、今、そして未来を生きなくてすむんだと。

 「過去は未来に影響を与えない。」「未来が過去をつくる。」

 「未来は最高だと確信すれば、過去も現在も最高である。」

いままで、自分の過去にとらわれてきた人にとっては、非常に救いのある言葉です。今日から時間のとらえ方を変えて、未来からの視点で生きてみれば人生は良いものになりそうです。次は自分に自信が持てない方へ送る章。少し今の章と通ずる点がいくつかありそうです。

「マイナスの自己イメージ」を捨てる

Aさん

今日も部署の中で実績が最低だった。もう這い上がれないかもしれない・・。

Bさん

思い切って会社を辞めたはいいが、この大不況の就職氷河期。資格も専門性もないし、この先、大丈夫だろうか。

 現代のような、成長性も見込めず、会社も終身雇用を貫いてくれない社会においては、このままでは自分ではだめかもしれない、今のスキルだけの自分は生きていけるのだろうかといった、マイナスの自己感情が生きていると襲ってくる時があります。しかしここで、この自己感情のはじまりはいつだったかと立ち止まって考えるとなかなか思い出せません。思春期以前から漠然としたマイナス感情があった気もする。いつだっただろうか?筆者は言います。

あなたの自己評価は、子供のころから聞かされてきた他人の言葉でつくられているのです。また、周囲の人から聞かされる言葉は、本人の自己評価を下げる方向に働くことが多い。さらにマイナスの自己イメージを持っているということは、見えないロープで今いる場所に縛り付けられているようなもの。

 マイナスの自己イメージやモヤモヤこれは、過去の他人のモノサシによる刷り込みだけでなく、自分自身も、自分に対して、言語による刷り込みを頭の中でおこない、モヤモヤを量産してしまっている。これまでの章の「他人のモノサシ」「これまでの自分」があわさって頭の中の「マイナスの自己イメージ」を増大させている、章を通して読んできたことで、この感情のプロセスが理解しやすくなってますね、。筆者の先生の本の内容の組立て方が秀逸で、スッと先生の考え方がはいってきます。
 たしかに、自分の中の声って、何か作業をしているときも常にでていますし、考え事していたらなおさら。自分の中の声はまわりの声以上に自分の心にダイレクトに反映されている気がします。しかも、ポジティブな自分の声も多少はありますが、ネガティブな自分の声のほうが圧倒的に多い。そりゃあ自分への自身もなくなります。また、この章を見たときに親の影響って計りしれないということを感じました。親からどんな自己イメージを植え付けてもらえるかで、その人の人生は大きく変わってしまう。ただ前回の章で「これまでの自分」というゴミも捨てています。きっと、親から植え付けられた、マイナスの自己イメージも、今回の章で捨てることができるのでしょう。続きを見ていきます。

わたしたちは1日におよそ100回、自分を定義する言葉を口にしたり、心の中で発したりしていると言われています。その自己対話はどこからくるかというと、自己イメージです。

 100回も自分を定義する言葉を口にしたり心の中で発している。衝撃でした。ただ、ふだんの生活を振り返ってみるとたしかに心の中は自分を定義する言葉でいっぱいでした。100回どころじゃない日もありそうな気もします。心の中でマイナスな言葉を含んだ言葉を100回繰り返せば、思考も行動もマイナスに支配されるのも当然です。
 さらに筆者はマイナスではなくプラスの自己対話をおこなって、自己のイメージをプラスにするのが重要だといます。そうすることで、あなたが心から望むゴールを実現できるあなたへとかわっていく。今日からは自分をプラスの面でとらえながら、成功したら、自分らしい、当然だ。失敗したら、自分らしくないな。次は頑張ろうと、そういう自己対話をしながら生活していくと、人生も良い方向に進むようになる。実践していこうと思います。

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